昭和の正体[24]

[千葉県道143号南総昭和線 その11]

民家が点在するエリアから民家が密集するエリアになり、ドレがK143だかよくわからない街中となりました。

K143は左側です。



坂を上るものの、多分右に進んだ方が袖ヶ浦駅は近いはず。

左に進むと再び交差点、K143の表示が無いのが少々不安です。

神納一丁目交差点、交差するのはフラワーラインとなっています。

左手に進むとR16。

K143は右折して少々登ります。

少々登ってから神納一丁目交差点側を振り返ります。県道標がありました。

小さなピーク付近に市民会館入口交差点。

交差点を過ぎると緩い下りになります。

下りの途中に昭和小学校の看板がありました。

「南総昭和線」の昭和はココから来ていたのですね。そもそも袖ヶ浦市は旧昭和町・長浦村、根形村が合併して袖ヶ浦町となり、その後平川町と合併した後に袖ヶ浦市になったようです。
まだ続きます。

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